「シートン動物解剖図」「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」2021/03/02 01:01

「シートン動物解剖図」と「解剖医 ジョン・ハンターの数奇な生涯」(ウェンディ・ムーア)の2点が目の前に揃った。
シートンは購入したもの、「解剖医〜」は図書館で借りた。
買おうかなと思ってたんだけど、図書館で検索したら、まあ、あるよね。

シートンについて。
数年前、科学博物館で行われた大きな企画展で、最後のブースにシートン関連の展示があった。
彼が残した手記の解説があり、シートンが晩年に後悔していると告白した一文があるという。そしてそれは狼王ロボに関するものだった。
シートンを知っている人なら狼王ロボの名を知らないはずはない。そのロボのことだった。ロボのパートナー、ブランカを捉えて囮に使い、ロボをおびき寄せることに加担し捕まえることに成功した。そのことを後悔していると手記にあったのだ。
私はこれを見て小躍りせんばかり、心でざまあ!と叫んでいた。
この狼王の一件は許し難いこととして私の人生に刻まれていることをご存知あるまい。
で、そのシートンの懺悔の存在をあろうことか、この年でやっと知るところとなり、この日の強烈な印象を残す。
で、この日の企画展がなんだったのかすっかり忘れてしまったのでした。

「宗妙の門」というグループ展2020/06/30 22:08

私の二回目の経験であるグループ展が終わった。
1週目は4人、2周目は5人の組み合わせで6月15日から27日までの14日間展示された。
グループ展は複数の個性が同じ空間を共有して全体の景色を完成させるところが面白い。
これは作家自身がまず最初に味わえる。
でもコロナで招待も思うようにできないのは仕方ないね。
そのなか来て下さった方がいたの、嬉しかった。

今は疲労感が脱力感を生み、楽なことを頭の中で考えているだけだ。なんだか支離滅裂。

「新人展」2020/03/29 17:07

今あるコロナ危機の中で開催されたこの展覧会は意味がある。
この災禍は世界恐慌をもたらす程の脅威と予測される。それで世界各地で閉鎖、封鎖、崩壊という言葉が飛び交っている。
そして「死」だ。なにか希望があるとすれば行動で何をどう示すかだ。そこまでのものの前にやれることは何だろう。

「ゴッホ展」「コートールド美術館展」2020/01/07 23:46

この2つの展覧会に行ったのは12月の半ばだ。
ゴッホがその生真面目さ故か人間関係が常に破綻していることや、心を病んで入院生活を余儀なくされたこと、芸術を突き詰めるも認められる前に若く死んだ、そんな事が息苦しくて、向き合える感じがしなかった。
施設としての上野の森美術館は嫌いだが、この「ゴッホ展」は凄く良かった。彼がパリに行って解放された作品が素晴らしいと感じ取る事ができた。精神病院に入院している間に描かれた作品が瑞々しくて美しくて泣けた。
コートールドと並べて観ることに意味があった。ゴーギャンの「テ・レリオア」があった。
帰ってから見るとゴンブリッジの「美術の物語」に掲載されていた。ゴッホとゴーギャンがやっと身近になった。

石川美咲個展「水の戯れ」2019/12/20 15:47

若い作家「石川美咲展 水の戯れ」
普段は農業をしていて、常に水、土、空気と創作に関心を持ち続ける強くしなやかな女性。
紙に黒鉛で大作6点を仕上げ、小品は組み作品が4点。
最初の構想では色を使うとしていたのが、それをやめて黒鉛のみにしたのは色での表現が自分にしっくり来なかったからというのがその理由と話してくれた。
ここに描かれているのは「水」の要素を含む何らかのものたちだ。
描くということには無限の可能性があるのだなと思った。
そもそもこれを描く勇気は何処から産まれるのだろう。
「意識」という言葉をタイトルにも用いていて勇気はそれにも置き換えられるとも思う。
私は描かれたものは水と思い、黒鉛を手に持つ人のエネルギーを感じるだけだ。有機的なものに囲まれた心地よさを感じる。

行かなかった「バスキア展」2019/11/27 00:27

ついに行かなかった。大好きだし、ドキュメンタリーも観たのだけど。
森アーツだったのも気分が削がれた。あそこは上野の森美術館と同じくらい苦手だ。

「絵本に見るアートの100年〜ダダからニュー・ペインティングまで」2019/11/14 11:32

この展示会に伴う企画の「美術と絵本ー冒険と革新」という講演会に行ってきた。登場する芸術家の数多し。
国立子ども図書館は初めてだったが、講演の後、閉館まで1時間もなかったので展示内容をゆっくり消化できなかった。
後期はゆっくり見に来る。

「堀文子展」2019/11/05 17:05

箱根芦ノ湖成川美術館で特別追悼展として行われている「堀文子展」を観てきた。11月20日までなので少し慌てていた。何しろ夏から始まっている長期の展示だから未だ大丈夫となっていたのが結局ギリギリになり、車で行くことにしたが三連休の最終日ということもあってか楽に着いた。芦ノ湖の観光クルーズの発着所の真っ直ぐ後ろ、山に続くところに美術館はあって、派手さのない落ち着いた雰囲気のエントランスだ。
ここは個人美術館で一切の公の支援を受けずに成り立っているそうだ。そういう独立できている美術館の所蔵として作品が100点近く収集されたのは堀さんの望むところではないかしら。
群れを作らず単独で咲くブルーポピーを探すため、80を越してヒマラヤへ赴いた人だ。
堀作品の実物を是非とも観たかった。やっと。
2017年から18年にかけて行われた神奈川県立近代美術館の「白寿記念展」は会期を間違えて行けなかったのだ。残念な気持ちが未だにあるから。

個展「Inaudiable cry ln ふくしま」小野太伸(おのたいしん)2019/09/09 03:36

若い作家の個展を観た。力強い骨格が浮かび出てくる激しい絵だ。
それは今、福島に生きる、或いは2011年3月11日の災害で死んだ牛の脚やその他の骨、肉かも知れない。

「ウィーン・モダン/クリムト、シーレ 世紀末への道」2019/08/01 08:19

昨日7/31国立新美術館で。
8月5日までだったから早く行かなくては、というタイミング。
少し入口で待たされたくらいで楽に観られた。
シーレが私にとっては重要だったのに何故か気持ちが浮ついてちゃんと観ていない感じが残る。取り返しつかない。
それでもあのタッチの走りや鋭い線は観ていて気持ちがいい確かさで迫る。迫る。観てくれ、この線の力を。どこに向かっているか。
クリムトのチュニックの色はとてもいい青。麻でできていて思うより軽いようだった。ポケットも付いている。
彼は写真でもがっしりと見える人だけど、チュニックを見るとその印象のままみたい。
シェーンベルクをはじめとする有名な音楽家の描いた作品も背景を知りたくなる。