"ケストナーと「私たち」"展2025/11/05 00:21

 映画「さよならベルリン またはファビアンの選択について」(2021ドイツ)を観た。Amazonプライムでだけど。
 原作はエーリヒ・ケストナーの「ファビアン あるモラリストの物語」なのだが、岩波書店でケストナーを巡る小さな企画展が行われているのを知り、前から気になっていたのを観ることにしたのだ。
 私はケストナーが好きだ。それが「終戦日記」を手にして以来、彼をなんというか、生身の人間としてという表現が正確かわからないが、尊敬する人になった。そういう人を尊敬することに幸福感を抱いた。彼がナチスから逃げずにドイツ、ベルリンに留まったことよ。
 私の持っているのは福武文庫版で高橋健二訳だ。文庫とはいえ大事な一冊だが、1990年に買ってお風呂に持ち込んでいたりしたので、ちょっと歪んでいるページがある。
 岩波書店での企画展はトリヤーのイラストやら、次を受け継ぐ人のや、特装のシリーズ本の展示やらで楽しかった。幸せな自分の学生時代のことなど思い浮かべながら見た。
 不幸な時代に生きた勇敢な人のことを思って、彼がいたことに感謝する。

 頭痛がする。後で推敲しないとダメっぽい。

ミステリ2025/09/01 02:35

 久しぶりに松本清張のミステリーを手にした。「考える葉」というのだ。角川文庫で1973年(昭和48)初版を2024年(令和6)に改版初版発行したものだ。何かで紹介されていて読む気になった。絶版になっていたのがまた出るから、それを読むことができるのはラッキーだというような紹介文だった。図書館で丁度見つけた。
 これも昭和の時代背景が肌身で分かっているからこその面白味がある。あ、"これも"と言ったのは映画「国宝」があったからだな。
 面白い。現実では嫌なことが起きる前夜にいる感覚があって、憂鬱なのだけど、清張の清張らしいスリルとサスペンスを堪能できるので楽しい。でも小説の中身は明るい訳ないのでそこんとこよろしく。
 内容には触れず仕舞いの勝手さ(笑)画像の予告文読めるだろうか。粗くて読めねー。

観られなかった(T . T) "特別展「帰って来た橋本治展」"2024/06/14 01:57

 会期が長かったので終了日を勘違いして見に行かなかった。オーマイガーとはこのことだ。あっと思った時には終わってましたもんね。なんてこったいパンナコッタ。ほんとにファンかよ。
 とにかく図録だけは手に入れるわ。

今年が終わりそうだ2022/12/27 02:02

12月はエンジンがかかり展覧会、芝居、映画をそれなりに観ることができた。ライブはなかったけど、その前に聴きに行ってるからそれを足したら完成ね。美しい本も買ったな。
体力がだいぶ取り戻せた実感があって、重い気分から解放されたのか、楽しい気分が持続している。(変なハイ状態じゃないだろな)
戯曲、脚本、台本呼称はなんでもいいが、芝居の言葉を見直すことがこれがまた、とてつもなく楽しいことのように感じる。今月観た芝居のいくつかはもとの戯曲を読めというメッセージをくれている。シェイクスピアは素晴らしい残り香。
あとどれだけ生きるんだろうか。そんな考えがかなりの頻度で頭に浮かぶのが当然の年頃なんだわ。心は命の奴隷だからね。

訃報も混じっていた。今月はいくつか縁のある人の訃報があった。知った時の気持ちの色合いは少しづつ違う。

「ここから世界が始まる〜トルーマン・カポーティ初期短編集」2022/11/27 17:01

14の短編集、ほんの数ページの短編。まだ半分だけどそれぞれの余韻が独特で、細い煌めく糸に指先が触れているみたい。
ニューヨーク公共図書館にアーカイブされていた、カポーティの思春期から青年期に書いた未刊行のものを編集したとのことだ。
なんともいえない温もりが伝わる編集者や訳者の、原書では前書、日本版では後書としてある文章や解説など。気のせいだったらごめん。自分に。
実は「ティファニーで朝食を」だってずいぶん昔に読んだきりなんだ。それでも頭の隅に気になる作家として見え隠れしていて、読むのが惜しい感じがしてた。
去り行く時の美しい作品たちよ。

「川釣り」井伏鱒二2022/03/18 02:19

「川釣り」は釣りに関連する話がまとめられた短編集で、中に「掛け持ち」という短編小説があるが、それをやたらに褒めるのを聞いたか見たかしたので、読みたくなって探したらここに入っていたのだ。
井伏鱒二といえば「山椒魚」だけど、恥ずかしながら私はそれしか読んでいないのではないかな。それも最初は教科書でだろう。
短編集をパラパラめくっていると、じわじわ「山椒魚」を面白く読んだ記憶が蘇ってくる。山椒魚自体が好きなこともあるのだろうか。
なるほど、あんなふうに面白いものを書けるのなら「掛け持ち」の面白さも読まないうちから合点がいくような。
乞うご期待やな。

月報とか映画パンフレットとか2021/12/29 10:33

全集などに付いている「月報」や映画館で販売するパンフレットなどが日本独特のものだと最近知った。
「月報」という付録的なものは、こぼれ話なんかも含み重要なことが書いてあったりして、けっこう情報が豊富でありがたく面白い読み物だった。書き手がいいこと多し。
映画パンフレットは作らないことも増えたという。
製作会社と配給などの契約が関わっているとかないとか…まだよく調べてない。

本棚発掘/埴谷雄高と井上光晴2021/12/14 02:01

本棚から掘り出した昭和56(1981)年11月発行「國文学”埴谷雄高~幻想王国の司祭”」に埴谷雄高と井上光晴の対談が組まれていた。
これは面白い重要な対談なのに読んだのかどうかも忘れてる。
でも自分ローカルでは「全身小説家」を観る上で大事な中身だよ。
この対談を読んだら、あのドキュメンタリはいっそう面白くなるだろう。とはいえ、わがままを言えば本当はよく知りたくはないのだけど…。
何かと読み解くには無知であってはいけないと思いつつ、敢えて知りたくないという傾向があって、謎があるまま作品を観ているもどかしさみたいなものが好きなのだ。それだけ。
この本は一冊ほとんど丸ごと埴谷雄高の特集本になっている。スリルに満ちてる。読めば面白いのはわかってるから読みます。

本に添えられたメッセージ2021/12/06 01:19

ネット古書ショップで過去の展覧会のカタログを買った。
中身を出してしばらく眺め、初めて知る作家のページをめくったり、解説を読んだりして閉じて、ふと足元を見ると二つ折りの紙が落ちていた。拾うと一筆箋で、そこに数行のメッセージがあった。
今届いた本と一緒だったのか。
今まで何度もそこで買っているのだけど前に買った、ある本にも言及していて、それと今回の本を選んだことを格別に喜んでくれていた。
仕入れたものでなく、ドイツの現地で買ったものであったり、自ら観てきた展覧会のカタログだと書かれていて、私は嬉しくなった。
カードが入っていた本はカードを見る前にやっぱり私が欲しいものと分かってた。

井上ひさしの「百年の日本人夏目漱石」の”坊つちゃん”2021/11/07 14:16

井上ひさしの「ひと・ヒト・人」というエッセイに「百年の日本人『夏目漱石』」の章があり、「坊つちゃん」がどんな物語であるかを「初めて」知った。
読んでみたいという気が起こらずこの老境まで来たが、教師でいる主人公がなんとなく存在を続けて終わるような話だと、今まで思っていたのだ。面白いあだ名のついた人間をやっつけてスカッとするような事件と、美しい人が出てくるところばかりを話で聞くせいだ。
ところが豈図らんや、流石夏目漱石だものということだった。
井上ひさしは優しい言葉と、比類ない知識の僅かを使って日本の明治文学の時代背景から現代を分析して、新たな興味を持たせてくれた。チョムスキーを読むまでもなく。また、解剖学は無視できないから関する本を買った。
実は非常に怖い小説であることを知った今、読まずにおこうか。
いや、ほんとに怖いんだろうか。

でもまあ恥ずかしいことだよ。