イスラエルの「鍵」2026/06/24 07:13

 イスラエルと私の関わりといえば、何十年も前に移り住んだ集合住宅のドアの鍵くらいだ。
 デフォルトのドアの鍵が頼りなく思えたので自分で替えようと、街の鍵屋で買ってイスラエル製にした。
 イスラエルのものは信頼性が高いという説明を聞いて、日本製より少し高くてもそれを選んだのだったが、その時頭に浮かんだのは、武器兵器、情報戦に強いというイスラエルの定評で、それが判断材料になったのは間違いない。それ以上でもそれ以下でもなく無知でアホだったんである。
 今、彼の国はそれに加えて人間らしさを捨てたナチスを大きく上回り、物陰に隠れようともしない虐殺狂人となった。別格の悪夢だぞ。

荒れる世界でひとり2026/06/12 23:18

 あまりに世界が荒んでいるので、言葉も荒れる。言葉は単純になり、破壊すべきものを破壊するためにあるように見える。

気の狂った人間が支配する世界と炭鉱のカナリア2026/04/28 22:18

 炭鉱のカナリアは息も絶え絶えのように見えるが、未だ生きている。自分の周りにいなくても、必ずいることを信じろ。とでも自分に言い聞かせるんでもなければやってらんないよ。
 ままよ。最悪を視野に入れてりゃ、覚悟もできよう。

新年度初日は昨日2026/04/02 03:37

 東京近辺では桜が満開を迎える。
 2011年3月11日に起きた大震災は、人を外出から遠ざけた。
 原発の事故を伴ったことも、その理由の大きな一つだが、津波の映像が流れたことは大きかった。想像を超えたものに恐怖しかなくて、身がすくみ、被害の甚大さと多大な犠牲者を思い、自然にみんな自粛に向かったのだ。
 東京での生活を送っていた私は無口になった。結局のところ私は無事だったし、猫たちがいて彼らの日常を考えればいいので、全くもって楽なはずだったのだが。
 楽しむための外出は、4月5日に大好きな東博が開館をするという告知を知るまで無かった。お墨付きが付いた外出の理由に、私はやっと楽に呼吸ができるような気がした。
 上野に行くと桜が満開だった。見るまで、桜のことなど頭になかったような気がする。当惑しつつも驚嘆した。どこか後ろめたい気持ちでなんとか受け止めた。
 あの年の桜ほど私に迫ってくることはない。

 今は桜を見ている余裕もないくらいおかしな世界だ。

また深夜2026/02/18 02:50

 この世におさらばももうじきだと思うと、何がどうでもよくなってくるからあぶねえ。普通に生きてますって顔をしてねえと。

年が明けて2026年である2026/01/01 00:43

 暗い2025年が終わった。その一つの現象として、12月30日に新聞各紙が「国境なき医師団」のガザでの活動停止を伝えた。イスラエルが登録を取り消したのだ。人のやることとは思えないことを何十年と続けている。きちんと認識したのがだいぶ遅かった私でさえ、麻痺してしまいそうで怖い。
 ミセス(グリーンアップル)がレコ大だって。日本を明るくしたいから作ったとか。ヤバさしか感じない。
 新たな年になったからといって、前年起きたことがリセットされるわけではなく、しっかり今年も受け継ぎ、苦しみから逃れられない人の状況は変わらないどころか、もっと酷くなるだろう。
 
画像は江戸グランにある北原コレクションのものだ。福助足袋がどのような企業だったかには無知だが、これは憎めない。光源が下にあるのでコワい。世相を反映していると解釈し、新年のおまけとして使用。

ディストピアに生きている2025/12/26 12:45

 クリスマスも終わった。クリスマスの直前に大事な同志を見送った過去があり、実を言えば、無宗教の日本人としてさえクリスマスはあまり楽しめないのだ。
 そんな言い訳をしなくても、時代が酷いところに差し掛かっているのだから楽しめる訳がない、大丈夫だ。は? 
 直接の痛みを感じないもので、批判しながらも他人事として他国の侵略戦争や、虐殺行為などを眺めていたが、気がつけば自分の生きている国が、愚か者しか行き着くことのできないファシズムに染まりつつある。この道は安易。多数が引き摺られて勝手に人を監視し始める。
 歪めた歴史が正しいと理解する馬鹿が政治に目覚めたら、レイシズムとファシズムで快感を得るのよ。
 カレル・チャペックでも読もうや。
 https://www.iwanami.co.jp/book/b515909.html

"ケストナーと「私たち」"展2025/11/05 00:21

 映画「さよならベルリン またはファビアンの選択について」(2021ドイツ)を観た。Amazonプライムでだけど。
 原作はエーリヒ・ケストナーの「ファビアン あるモラリストの物語」なのだが、岩波書店でケストナーを巡る小さな企画展が行われているのを知り、前から気になっていたのを観ることにしたのだ。
 私はケストナーが好きだ。それが「終戦日記」を手にして以来、彼をなんというか、生身の人間としてという表現が正確かわからないが、尊敬する人になった。そういう人を尊敬することに幸福感を抱いた。彼がナチスから逃げずにドイツ、ベルリンに留まったことよ。
 私の持っているのは福武文庫版で高橋健二訳だ。文庫とはいえ大事な一冊だが、1990年に買ってお風呂に持ち込んでいたりしたので、ちょっと歪んでいるページがある。
 岩波書店での企画展はトリヤーのイラストやら、次を受け継ぐ人のや、特装のシリーズ本の展示やらで楽しかった。幸せな自分の学生時代のことなど思い浮かべながら見た。
 不幸な時代に生きた勇敢な人のことを思って、彼がいたことに感謝する。

 頭痛がする。後で推敲しないとダメっぽい。

りんご美味し2025/10/15 02:28

 シナノゴールドという種類のりんごの不揃いのを売っていたので、数が勝負とたくさん入っているのを買ってきた。10センチに満たない、小さいのが主で、味を心配したが無用だった。
 よく洗い、ナイフで一口づつカットして皮ごと食べる。小さいからか、皮も堅くない。ちょうどいい食べきりサイズだ。食糧危機のことをちらと考える。今すでに高い果物が手に入らなくなる。,,,くらいまで生きてるんだろうか。
 世界も日本も不穏な空気、どころか現実が酷い。日本の平和は危うい。そこを直視できる人は少ない。これまでもそうだし、これからもそうだ。災厄に巻き込まれる時は遅いってことは、乱読でも本が気づかせてくれる可能性は大きいけど、本は読まれなくなっている。
 そうだ。紙も高い、印刷会社も少なくなった。本も作られなくなり、本は贅沢品の一つになる。
 いい話はそれほどないよ。

トピックは「頭痛」と「カメムシ」(おもんない)2025/09/16 03:20

 珍しく偏頭痛というのか、両方のこめかみの上に痛みを感じた。生涯滅多にないことで記録に残す(笑)
 間隔をおいて襲ってきて落ち着かない。昼寝をしようと思ったが中途半端なような気がしてやめた。でもやっぱり夕方とも夜とも言えない6時ごろ横になってしまった。もっと中途半端だったがしかたない。疲れてんのかな。
 今朝カメムシを発見した。普段目にしたことがあまりないので写真を撮った。玄関ドアに齧り付いていたらしく、開けたら驚いて前の方へ飛び、門のところに一回止まった。門を開けたらまた慌てて、地面に落ちて転がり、もんどり打って脚をばたつかせ、やっと起き上がった。と、思うと私が動いたら安定した地面にいたにも関わらず、今度は勝手にもんどり打ってひっくり返り、脚バタバタで起き上がった。それを二回くらい繰り返した。どうした!と思うのが普通だ。相当な慌てものが中にはいるんだろうか。